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2004/05/18

池波正太郎/幕末遊撃隊

幕末遊撃隊
池波 正太郎
池波正太郎/幕末遊撃隊伊庭八郎は江戸の名門道場の長男として産まれ天才的な剣の腕を持ちながら不治の病に冒され自分の命が長くないと悟っていた。
そのため八郎はその短い人生を剣の道一筋に、そして徳川幕府のために投げ出そうと決心し勝てる見込みのない闘いの地へ自ら赴くのであった。


面白かった。
幕末は戦国に並んで好きな時代なので結構本も読んでいるつもりだったけど、こんな面白い人物がいたなんて今まで全く知らなかった。
さすが怒濤の幕末、役者の層が厚い。

この物語には江戸幕府が時代の波に飲み込まれ大政を朝廷に奉還したにも関わらずその息の根までを止めようとする薩長に最後まで抵抗する八郎を描いた部分と、養父・軍平や義妹・つやを始めとする家族や周囲の人々との濃やかな交流を描いた部分の大きく二つの流れがある。

どちらも読んでいてすごく面白いし、どちらもあるからこそそれぞれが引き立っているんだけど、私は後者の部分の八郎がすごく好きだった。
周りの誰をもとても大切に思い真摯に付き合い、その結果として誰からも愛される八郎。
特に行きつけの料理屋「鳥八十(とりやそ)」の板前・鎌吉と、なじみの女郎・小稲との関係がいい。
お互いがお互いを自分以上に大切に思って信頼しあっている、でも決して相手にそれを押しつけないわきまえた付き合いが美しくとても印象的。

そんな八郎の生き方の根底にあるものを著者は、その身体に巣くった病魔によって己の未来を「長くはない」と悟った上でそれを誰にもうち明けずにただ自分一人だけで抱えて生きようとする八郎の決意にあったとしている。

己の死期を悟った時に人はこんなにも優しく、大きく、逞しく、潔く、強く、そして美しく生きられるのだろうか。

もちろん「物語」を書くのが巧い池波氏なので、その内容は「史実」そのものと言うよりも色々脚色、演出されているのだろうけど(事実、八郎が「不治の病に冒されていた」と言う証拠はないらしい)、それを書かせるだけの真実が八郎の人生にはあったのも事実なのだろう。

長い歴史の末に滅んでいこうとする一つの時代を、「そこにそれは確実にあった」と後に続く者に残すために闘った伊庭八郎という青年の名前を覚えておこうと思う。

「人は…ことに女は、その一生でどのような人と出会い、どのような人とつながりを持ったかが、女のいのちになるもの…女は、その思い出ひとつで、生きられもし、よろこんで死ねもする…小稲は、しあわせものだと…そう言っていたと、つたえておくんなさいよ」(本文266ページより)

<関連サイト>
「池波正太郎記念文庫」ホームページ

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