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2004/07/03

小川洋子/沈黙博物館

沈黙博物館
小川 洋子
小川洋子/沈黙博物館幼い頃から集め続けた個人のコレクションを展示する博物館を作ろうとする資産家で気難しい老婆。
その博物館を作るための知識の提供と、更なる収蔵物の収集のために老婆の依頼に応え初めて村を訪れた一人の青年。
そして、まだ少女のような老婆の一人娘と、その家の使用人である庭師と家政婦の夫婦。
彼らはゆっくりと心を通わせながら、いつしか安定したリズムの中でそれぞれの役割をこなしていく。
彼らが作ろうとした博物館の展示物、それはその村の人間が生きた証である「形見」だった。


この物語を読んでいて気になったのは「こんなに輪郭がぼやけて感じられるのは何故だろう」という事でした。
このくらい丁寧に描き込んである物語だったらもうちょっと楽にその世界が視覚的にイメージできるものなのですが、この作品はそれがとても難しかったのです。

どんなシーンでも青年からの視点から見た周りの情景はなんとなくイメージできるけど、彼と一緒にいるはずの他の登場人物は全く出てこない。
更には彼自身がどんな姿をしているかも判らない。
見えてくるのは彼を取り巻く村の様子ばかりでした。
その村もどこの国なのか(ヨーロッパ風なのか、アメリカの田舎なのか、はたまた日本の農村か)はっきりとは判らない、まるで特徴のない模型のような景色しか出てこない事がちょっと気持ち悪く思うくらいでした。

最初はその理由がよく判らなかったのですが、3分の1くらい読み進んだ所で「あ、名前がないからだ!」と気付きました。
この物語の登場人物や地名には固有名詞が全く出てこないんですね。
それが私のぼやけたイメージの正体でした。
そのせいでこの物語は確実にそこにあるのに、どこにあるのか判らないと言った曖昧な性格の作品になっているような気がします。

正直、「名前がない」というだけで作品がこんなにも不安定な雰囲気になってしまう(と言うか、読んだ私がそう感じてしまう)と言うのはちょっと驚きで、改めて「名前」の持つ意味を認識させられた気がしました。
そして思い出したのは(確か)「陰陽師」に出てきた「この世で一番短い呪(しゅ)は『名』である」と言う言葉。
「名前」と言うのは単にその人物を表現する記号ではなく、その人間の性格、外見、性質、イメージなど全てを内包しその人物を縛る呪文なのです。
その「名前」を持たない彼らは一体どこの誰なのでしょう。

そんな実体を持たない彼らが博物館の展示物として蒐集するのもが、村の人間たちの生きた証としての「形見」なのです。
名前=実体を持たないから「物」を集めたということでしょうか。
もしかしたら彼らが集めたものは実は「物」の形をした彼らの「名前」そのものだったのかもしれません。

『私が求めたのは、その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品なのだ。それがなければ、せっかくの生きた歳月の積み重ねが根底から崩れてしまうような、死の完結を永遠に阻止してしまうような何かなのだ。思い出などというおセンチな感情とは無関係。もちろん金銭的価値など論外じゃ。』(本文p49より)

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