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2004/08/15

北森鴻/蜻蛉始末

蜻蛉始末
北森 鴻
北森鴻/蜻蛉始末明治十二年九月十二日夜半。
長州出身で大阪に大店を構える豪商・藤田傳三郎が贋札事件の容疑者として逮捕された。
全く身に覚えのない罪状での逮捕に徹底的に抵抗する傳三郎だったが、ある日取り調べを担当する佐藤権大警部から贋札の見分け方について市中で流れている「地紋に描かれている蜻蛉の脚が一本足りない」と言う噂を耳にする。
その瞬間、傳三郎の脳裏にはある一人の男の姿が浮かんだ。
それは自分に影のように寄り添ってきた幼なじみ「とんぼ」こと宇三郎の姿だった。


他サイトの感想を読むとどこでもかなり評価が高かったので期待するのと同時に、あまり馴染みがない事件の話だし割と分量もある(450ページ弱)ので「どうかな~」と言う不安半々で読み始めたのですが最初の5ページくらいを読んだらそうした不安はなくなって後は一気読みでした。

とても面白かったです!

幕末から明治維新にかけての激動の時代、商人の身でありながら若い頃から長州の有力な志士たち(高杉晋作、久坂玄瑞など)と交流があった傳三郎を中心に、その後明治政府の高官となっていく様々な人物たちとの交流、そして明治政府の中で長州が果たした役割に傳三郎の力がいかに大きく作用していたかが描かれています。
そしてその傳三郎に影のように寄り添って生きた「手足だけがひょろ長く、そのくせ立ち居振る舞いのいちいちが鈍重で、幼い頃から人にからかわれるためだけに生まれてきたような(本文36ページより)」<とんぼ>こと宇三郎と言う架空のキャラクターの生き様や想いが実在の人物にも負けないくらい生き生きと描かれている事がこの作品を本物以上に本物らしくしていると思いました。

人物の出入りも多く、それに伴って起きる事件もかなり煩雑なのですが、それによって物語の焦点がぼけたり意味が分からなくなると言うこともなくすんなり読むことが出来ました。
それはこの物語が、いかに多くの(歴史的に)重要な人物、事件を扱っていたとしても、あくまでその核は傳三郎と宇三郎の2人の「個人的な」関係であることからブレていないからだと思います。

最初は「<とんぼ>がどうやって傳三郎を贋札事件の容疑者に仕立て上げたのか」が書いてある話なのかと思っていたのですが、そうではなくこれは「<とんぼ>が何故傳三郎を贋札事件の容疑者に仕立て上げなければならなかったのか」の物語でした。
つまり「ハウダニット」じゃなくて「ホワイダニット」の話だったわけですね。
と言ってもこの作品は一般的な意味でのミステリーではありません。
伏線やラストのどんでん返しは存在するし<とんぼ>の一生をかけての「何故」を解いていくわけなのでミステリー的な要素はあるのですが、何かを隠したりミスリーディングさせるような部分がない非常にストレートな作品になっています。
そして、そう書いてある事こそが物語の輪郭を明確にし、更にこの話を非常に奥深く切ないそして上品な作品に仕上げていると思いました。

そして物語を読み進めるうちにこの作品の主役はその商才と胆力で時代の波を泳ぎ切り藤田観光を始めとする現在の藤田グループの祖となった傳三郎ではなく、小狡く、その場逃れの嘘ばかり吐いて、他人の感情に気持ちを重ねることもないけれどただ傳三郎にだけは終生忠実であった、はみ出し者の<とんぼ>であった事に気付くのです。

幕末~明治維新ものというと新選組や龍馬や徳川慶喜関連は幾つか読んだことがあるのですが、長州サイドの物語には殆ど縁が無かったので、この作品はそう言う意味でも楽しめました。
特に先日ドラマ「新選組」で自決した久坂玄瑞はドラマではどんな人なのかハッキリしないうちに死んでしまった、と言う印象だったのですがこの作品を読んで「ああ、こんな人物だったのか」と知ることが出来、改めてその死に思いを致しました。

清廉潔白に生きねばならぬとする傳三郎がいる一方で、人はそれほど清いものではないと嗤う傳三郎がいる。それはすなわち≪とんぼ≫こと宇三郎ではないのか。/このときからである。周囲から馬鹿にされる≪とんぼ≫を庇いつつ激しく憎み、憎みつつ庇い続けるようになったのは。(本文P51より)

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