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2004/10/03

木内昇/新選組 幕末の青嵐

新選組幕末の青嵐
木内 昇/アスコム
木内昇/新選組 幕末の青嵐江戸の外れの無名の道場から、京の町へ。
風に乗る雲のように脆く、素早く変化していく時代に翻弄されながら、おのれの生きる道に悩み、惑い、葛藤し、尚信じるに足る何かを求め続けた若者達の心を描く物語。


ものすごく良かったです。
新選組ものとしてはもちろん、今まで私が読んだ小説の中でもベスト10に入るくらい面白く、また心を動かされた作品でした。

知らない作家さんだったし価格もちょっと高かったので図書館で借りてしまいましたが、読み終わって改めて購入して手元に置いておきたいと思いました。
幕末に生きた青年達の若さが眩しい一冊。
オススメです。

まず何よりも、時系列の流れに合わせて主な隊士一人一人を主役に据え、その視点を通してその状況を、そして自分自身と自分から見える周りの人物を語らせると言う構成が非常に効果的でした。
これによって近藤、土方、沖田などの主立った人物だけでなく、あまり表面に出てこないけれども彼らと生死を共にした隊士達の揺れ動く心の中を覗くことが出来ます。
そこに立ち上がって来るのは、京の町を震撼させた組織としての「新選組」ではなく、大きく動いていく時代の波の中で何とか自分の居場所を探そうとあがく若者達一人一人の姿です。
一緒の場所で暮らし、闘いながらも決して一枚岩ではなく、それぞれが別々の未来を探して迷ったり立ち止まったりしている彼らの姿がとても新鮮で、改めて「ああ、みんなこんなにも若かったんだなあ」と言う感慨を持ちました。
歴史の中や小説の中で語られる彼らは既に「判っていて」「信じていて」「出来上がっている」イメージがあったのですが、考えてみればいずれもまだ20代なんですよね。
確かに今の時代よりも少しばかり早く大人になっていたであろうけれども、それでも「若者」であった年代。
そんな彼らが時代や国の行方どころか自分の未来さえもしかとは見据えられない事に苛立つ姿が生き生きと描かれていました。

そして、その若者達を描く筆の力の繊細さと力強さ、表現の巧みさ。
どの物語の中にも心に響く描写やセリフがあって、図書館から借りた本だというのにたくさん付箋紙を付けてしまいました。

以下、引用。

「京に残る、と清河に宣言したあんたの姿は実に見事だった。あの姿を見たからこそ、皆が残ろうと決めたんだ。自然の行いが人を惹きつける、そういう人間は限られている。将器というのは望んで得られるものではない。持って生まれた才能だ」(p88)
けれど、沖田はなにも言わなかった。 後悔や詫びを言うのはたやすいが、こうなってはそれももう自分を救うだけのことだ。顔にも感情は出さないようにした。山南を見て、そう決めた。(p297)
斎藤は、繋がりというものから隔絶したところで生きている。時折、自分は未だ知らないその繋がりさえあれば、他のことなどたいしたことではないだろう、とふと思うときがある。(p346)
組織の中で与えられた仕事を成すことは、様々な情を押さえながら進むことと等しいのかも知れない。仕事を遂行すること、そこで関わる同朋の人間性を愛すること。ふたつの意志は仕事を極めようとすればするほど、うまく重ならなくなる。無理に重ねると、どこかで歪みが生じる。下手に情に走ることで結局、仕事どころか仲間まで失うことにもなる。どこかで割り切らねばならない。わかってはいるが、永倉は未だにそれが、どうにも辛くてたまらなくなるときがある。(p377)
「近藤さんやら沖田やら、他の連中のこともそうだが、あんたはこれと決めた他人のことは信用するくせに、そいつらから自分が信用されてるとは思えねぇんだな。完璧に采配を振るうことだけが相手を救うと思っている。采配なぞ間違っていても、自分の信用した奴がしたことなら、俺はどんな結果でも受け入れるが」(p461)

ここに描かれている若者達の迷いや、悩みは現在の組織に属している私達にも当てはまる事が多いです。
なので読んでいると、新選組の話というよりもどこかの小さくて若い企業に勤める若手社員が上司や同僚との関係や仕事に悩んでいる話のようにも読めました。
そういう観点から見ても面白い作品でした。


大体全編通して隊士達の真摯さに胸が熱くなって特に後半はかなり泣ける作品だったのですが、その中で武田観柳斎の視点で描いた「桝屋」の章の部分だけがかなり異色でした。
あまりの風見鶏的なその思考・行動に読んでると腹が立ってくるのですが、同時にすごく(他の部分とは別の意味で)面白く印象的でした。
もう一回くらい出てきてくれても…と思っていたら、そのまま殺されてしまったのが残念。

この作品でも近藤の評価は今ひとつでした。
特に京に上ってからは殆どいいところなし。
その代わり、土方の活躍ぶりはスゴイです。
その差と、それにも関わらずどんな場合でも近藤を一軍の将としてひとかどのものにしようと心を砕く土方の思い込みのギャップが相変わらずちょっと謎な感じが残りました。
でも、多分土方は「そうである自分」を終生楽しんで生きていったのでしょう。

それでも、歳三は、石田散薬のつづらに剣術道具を括りつけながら、一度だけこう言ったのだ。
「なあ、彦五郎さん、俺は出会ったのかもしれないよ」

ペーパーバッグのような紙質と本文にランダムに挟み込まれた風景写真も内容に合っていて素敵でした。


■著者 木内昇氏のwebサイト/「Spotting-web」

木内氏は女性なんですね。
名前も男っぽいし(「のぼり」と読むとのこと)、文章も硬派だったので全然気が付きませんでした。
他の著書も読んでみようと思ってます。

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