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2004/10/19

磯田道史/武士の家計簿

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新
磯田 道史/新潮新書
磯田道史/武士の家計簿『金沢藩士猪山(いのやま)家文書』。
長い間「武家の家計簿」を探し続けていた著者が古書店の目録から偶然見つけたこの古文書には、加賀藩の御算用者・猪山家の約三十七年に渡る家計の記録が残されていた。
幕末から明治へと大きく変動する時代の波を乗り越え、極貧の御算用者から海軍の要人へと出世していく猪山家を追う。


話題の作品。
噂に違わぬ面白さ、でした。

幕末と言うと最近話題のキーワードだし、小説やドラマなどでもよく目にするので「多分こんな感じ」と言うイメージが大なり小なりあるかと思うのですが、これを読んで「イメージというのはイメージに過ぎないんだなあ」と言うことを改めて感じました。
やはりリアリティの面白さには敵わないですね。
もちろんこれは日本の中の加賀藩の、その中の猪山家と言う一つの家族の記録でしかないわけですから、これがその時代の日本の全てを表現しているわけではないと思うのですが、それでも三十七年の長きに渡る綿密な家計簿と日記、手紙などの文書から見えてくる家族の姿と言うのはどんな名作の小説よりもドラマよりも説得力があると感じました。

何よりも印象的だったのは猪山家が借金を返済するために家財全てを売り払った時の品目とその代価の一覧表でした。
武家としての家格を守るための費えのために借金を繰り返し、その借金によって首が回らなくなった時に猪山家は「裸一貫から出直そう」と全ての財産を売り払ったのです。
妻の嫁入り道具の着物から茶道具、算用者としての参考書を始めとした書籍、什器、家具など家中のめぼしいものは全てと言えるほどの品目を一つ一つ書き出し、それがいくらで引き取られたかを綿密に書き付けた猪山家の決意。
そしてその内容を丁寧に解読し、まとめあげ、読者に判りやすいように現代感覚の金額まで計算して一覧表にした作者の熱意と愛情。
そのどちらかでも欠けていれば、私達はこの貴重な資料に出会うことがなかったのだと思うととても不思議でありがたい気持ちになりました。

それ以外の部分でも小説やドラマのように「格好いい」や「劇的」ではなく、むしろ泥臭く現実的ではありますが、だからこそ今の日本とオーバーラップして説得力のある100年前の日本の姿が描かれているのがとても興味深かったです。

この本の中から見えてくるのは、幕末から明治へと大きく動く時代の中で人と争わず自分の職務に忠実に励んだ結果「成功」を手にした猪山家と言う武家の一家であることはもちろんですが、それと同時にその彼らが遺してくれたものを宝物のように嬉しそうに愛おしく読み解き、そしてその感動や楽しさを読者にも分け与えたいと思いつつこの本を書いたのであろう著者の姿でもあります。
著者の磯田氏は多分この文書を発見した時、これと出会うために今まで研究を続けていたと言ってもいいくらいの感動を覚えたのではないでしょうか。
淡々とした中にもそうした著者の愛情が端々から感じられる、読んでいて気持ちのいい作品でした。

もちろん幕末の資料としても一流だと思いますので、興味のあるかたは是非ご一読下さい。
オススメです。

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