行ったこともない遠い場所・
江戸からやってきたどこの馬の骨とも判らない大勢のむさ苦しい男たちを自分の家で面倒見なくちゃならなくなったらそりゃあビックリするし、
困るし、腹も立つと思う。
しかも二本差しで侍のように見えながらもどの藩からもお金が出るわけではないから食事やお酒は自分の家の持ち出しだし、その上ケンカしたり、
女を連れ込んだり、敵対する人間を捕まえてきては土蔵で拷問したり、更には夜中に屋敷の中で仲間同士の斬り合いなんかやってくれたら…
そりゃあ 「いい加減にしろ、早く出てけ」とも思うよね。
新選組がまだ「壬生浪士隊」と呼ばれ壬生の郷士 八木家、前川家を屯所としていた頃の話は数ある新選組本の中でもよく出てくるけど、
どれも彼らサイドの活躍や苦難や葛藤が主となっている。
でも、平和な生活の中にいきなり現れた今まで出会ったこともない怖い男たちを受け入れなければならなかった八木家、
前川家の人々の間でも彼らと同様、いや多分それ以上の困惑や苛立ちや葛藤など…
色んな感情が交差したであろうことは本当だったら容易に想像出来ることだ。
なのに、私たちの視線は常に彼らに向けられていてそのすぐ傍にいたであろう本当に困っていた人たち、
そして彼らよりももっと自分に近い人たちのことを考えようともしなかったことにこの作品を読んでようやく気付かされた。
八木家を取り仕切るおまさ、
隣の前川家のお勝の目を通して描かれる厄介者の浪士たちの姿は今まで読んだどの新選組本のなかの彼らとも違って、ひどく頼りなげで危うい。
時期的なものもあるのかも知れないけど、まだ自分が何を信じたらいいのか決められずに右往左往する若者たちの姿が描かれていて新鮮だった。
彼らを迷惑に思いながらも、近藤一派と芹沢一派に何か対立があるとお勝とおまさがそれぞれの家に住む方(八木家が近藤、前川家が芹沢)
を自然とひいきに思ってしまうところとか、浪士隊の面々がただの乱暴者ではなく一人一人はとても礼儀正しく、
村の畑仕事も進んで手伝うので憎むことが出来ないといった描写で「迷惑なんだけど憎みきれないから余計に腹立たしい」
と言った複雑な感情がよく表現されていたと思う。
新選組(壬生浪士隊)に関わった女たちの目を通して語るという視点がすごく新鮮だったし、文章も読みやすかった。
内容ももちろん面白くなかったわけではないけど…好きか?と言われたら「あまり好きじゃない」というのが正直な感想。
読後感があまりよくなかったのがその理由。
上巻のラストの糸里への土方の仕打ちを読んで「げ…そんな展開なんですか?」と非常にイヤな気分になって、
結局それがず~っと最後まで払拭されないまま読み終わってしまった感じ。
今までいろんな土方を読んできて、中にはただの殺人マシーンですか?ってな性格のもあったりしたけど、本作の土方の性格の悪さ
(と言うか弱さかも)は群を抜いていた。
悪役なら悪役でもいいんだけど、この土方はすごく自分本位なことを言うかと思えば、
いきなり優しかったり気が付いたりするのが却ってムカつく。
特に芹沢暗殺を糸里にうち明けるシーンなんか、「そんな調子のいい話ってないじゃない」って感じだったなあ。
こんなヤツに惚れてしまった糸里は可哀想すぎる。
何を重要だと思うかは人それぞれだと思うけどね…
でもやっぱり糸里にそんなことで幸せを感じるようには描いて欲しくなかったというのが正直な感想だな。
と言っても、タイトルになってるわりに糸里が重要なキャラクターには思えなかったというのもまた事実。
私には糸里(プラス吉栄)よりも、前述のおまさ、お勝のおかみさんコンビのしたたかさと優しさ、そしてお梅の激しさ、
哀しさの方がより印象的だった。
他には新見錦が切腹させられる前段で水戸藩邸に捕まる経緯の部分とか、
新見や平山が前川家や八木家で見せたさりげない心遣いの描写などが面白かったし、芹沢暗殺の夜の沖田視点のパートも良かったな。
私が今までイメージしてきた沖田像からはかなり離れているけど、それでも「あ、こういうのもアリかもね~」
と納得できる感じで読んでいて面白かった。
(楽しくはなかったけど(笑))
特に
ただ己は、先生や歳三さんの親心兄心というやつが、内心うっとうしくてならない。まるで己たち三人だけが血のつながった兄弟のような、
うじうじとした、侠気(おとこぎ)に欠くる、ことあるごとに庇い合い慰め合う仲というものが、己は嫌で嫌でたまらぬのだ。
そのうじうじした思いやりが、実は百姓の性根であることに、先生も歳三さんも気付いていない。(p185より)
あたりの描写は「そこまで言いますか」って感じで却って痛快。
ただね、この沖田始めみんなが「本物の武士だ」と恐れていた(だから殺されてしまった)芹沢だけど、
私にはやっぱりストレスとプレッシャーで精神不安定になってしまったただ暴れん坊にしか見えなかったので今ひとつその気持ちに同調できなかったな。
芹沢の存在の大きさが実感出来ればその他の事柄も(土方の行動も含めて)別の見方が出来るようになるのかも。
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