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2006/01/28

TV:「時効警察」第3回

放映前から気にはなっていたんだけど、曜日と時間がちゃんと頭に入っていなかったらしく見逃していたこのドラマ。
過去2回の評判がかなりいいので、第3回目にして初参戦(?)してみた。

確かに面白かった。
というか私好み(^^)

あのゆる~い雰囲気、好きだな~。
重かったり、緊張感溢れていたりするドラマだと、見てる間ずっとこっちも力入れてなくちゃならないのですごく疲れちゃうんだよね。
それでも単発だったらまだいいけど、連続もので毎週っていうのはちょっと私には耐えられない。
なので連続ドラマは「下らな~い!」って笑える内容で、あまり頭使わなくて済んで、しかも一話完結なのがいい。
この「時効警察」はその条件にピッタリだった。

しかし、あの警察はムチャクチャ暇そうだなあ(笑)
しかも霧山と三日月が時効事件を調査に行くのって勤務時間中でしょ?
勤務時間中に「趣味の」捜査をするなっ!(笑)
(もしかして非番か有休かな?それにしても…)
大体時効になった事件なんかいくら解決しても勤務査定には影響しない…というか逆に悪影響なのでは?
なんて当たり前の疑問には誰も触れることなく、淡々と「そういうものだ」として物語が進んでいくのがいい(笑)

オダジョーがいつもの触れると感電しそうなセンシティブな感じではなくて、 時効捜査になると勘が冴えるけど普段はボンヤリしているという霧山役をやっているのが新鮮。
三日月役の麻生久美子は…う~ん、う~ん…ちょっと微妙^^;
別に「どこが」というわけではないんだけど、あまり好きな女優さんじゃないみたい。
(それよりもこの2人をみるとまだ「おりょう」と「はじめちゃん」って思ってしまう(笑))
それにしても三日月はともかく、霧山も署内でけっこうみんなに親切にされているって設定が意外。
しかも、三日月は霧山が大好きらしいし…。
普通だったら、2人とも署内で浮いてるとか、三日月は霧山を目の敵にしている(でも実はスキ…)みたいな設定がありがちだけど、 そうじゃないところが却って違和感があって面白い。
しかし、「誰にもいいませんよカード」って…(笑)

まあ、でもその主役2人をくってしまうくらいに脇の役者さんがみんな個性的ってことではなるかも。
特になんですか、あの時効管理課のメンバーは!
端で見てる分には楽しいけど、一緒に仕事するのは遠慮したいなあ(笑)
霧山の同期の刑事・十文字役の豊原功補のズレた感じもいい。
最近彼、こういう役多いよね。
いい男なのにそういう役だけではやっていけないことを「大変だな~」と思うべきなのか、 それとも三の線もまた巧くこなしてしまう器用さと衒いのなさを讃えるべきなのか…。

今回のゲストは緒川たまき。
彼女は「トリビアの種」での嘘ばっかりつかれてるお姉さんのイメージがどうしても抜けなくて、見てると「うそつき…」 って言いそうな気がして仕方なかった(笑)

いずれにしても私好みの面白いドラマだったので、これもこのまま継続して見ていきそう。
刑事物、推理物は好きなので楽しみ~♪

■テレビ朝日 「時効警察」公式サイト
霧山の 「誰にも見せませんよ」日記に使われてるフォントが可愛い~っ!
(フォントだよね?まさか手書き…ってことないよね?)
ああいう決して美字ではないけど、チマチマまとまっていてしかも読みやすい字が大好きなのだ。
三日月の「総武署勤務日記」 のフォントも可愛いけど、私は断然「見せませんよ」日記のほうが好み。
あのフォント欲しいなあ…。名前だけでも教えて欲しい。

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「時効警察」第三話、「百万人に無視されても、一人振りむいてくれれば人はしあわせ…じゃない?」(視聴率8.3%)を観ました。「おや?おやおやお八百屋!」って今時、小学生でも言わないんじゃないだろうか?同性が2人で食事をした時ってさ、割り勘はしないでしょう!それぞれが食べた分を払おうよねぇ。(中華だったのかな?)「良かったら今日のアフター5、トゥギャザーしない?」って何なんだ十文字お前は!だから大文字とか... [続きを読む]

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