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2008/03/16

海堂尊/螺鈿迷宮

螺鈿迷宮
螺鈿迷宮

幼い頃に両親を事故で失い、祖母に育てられた天馬大吉は現在、東邦大学医学部の学生。
そのラッキーな名前とは裏腹にやることなすこと不運続きで投げやりな生活を送っていた。
ある日大吉は新聞社で編集者として活躍中の幼なじみ 葉子に呼び出され、地元で怪しい噂が絶えない桜宮病院の実態を探って欲しいと依頼される。
葉子に負い目がある大吉はイヤイヤながら桜宮病院にボランティアとして通い始めるが…。

海堂作品、4冊目。
ここまで来てようやく、この作家が書きたいのは「物語」ではないのかも、ということに気が付いた。
『チーム・バチスタ~』はちょっと違うような気がするけど、その後の『ナイチンゲール~』『ジェネラル・ルージュ~』そして今作と続く作品の中で、作者がその物語性よりも声を大にして読者に語りかけているのは、現在の医療の実態とそれを支える医療行政への不満と希望なのだと思う。
(『チーム・バチスタ~』がちょっと違うのは、「世に出るため」の作品であったからかな、と思う)

桜宮病院がやっていることは一般的に考えたら違法であるし、倫理的にも「悪」と考えられることであると思う。
ただ、その実態を見ずに画一的に否定してしまうことへの警鐘が何度も何度も繰り返されていく。
法を守っていさえすればそれでいいのか。
遵法の中で切り捨てられていく人間の命や尊厳、そして未来の医療への可能性を作者は「エンターテイメント」の姿を借りて世に問うているような気がした。

作を重ねるごとにハッキリしていく作者の明確なテーマの中に、既にミステリーであることへのこだわりはないのかもしれない。

「人は誰でも知らないうちに他人を傷つけている。存在するということは、誰かを傷つける、ということと同じだ。だから、無意識の鈍感さよりは、意図された悪意の方がまだマシなのかも知れない。このことがわからないうちは、そいつはまだガキだ。」

巌雄院長が天馬に語った言葉。
非常に印象的、かつその後の展開に大きな意味を持っている。
この言葉の持つ真理や奥深さには私も共感するけど、この言葉によって暴かれる事実が天馬の原罪だというのはちょっと腑に落ちないなあ。
だってそこに天馬は何も関与していないし、意志さえも入り込んではいないんだから。
確かに「存在すること」イコール「誰かを傷つける」のであれば成り立つ図式なのかもしれないけど、だとしたら全ての人間は存在してはならないものになってしまうんじゃないの?
あの原因が(天馬は忘れているけれど)彼自身の何らかの行動の結果だったとかいうならまだ理解しやすいけど、そうではないから巌雄の言葉は単なる自己弁護だし、行動は八つ当たりにしか思えなくて説得力がなかったような気がする。

白鳥はキーパーソンではあったけど、やっぱり『バチスタ~』のときと比べると随分と違う。
ちょっと子どもっぽくて変わってるけど、本質は正義感溢れ周囲に細やかな心遣いの出来る有能な官吏、というイメージ。
まあ、この登場人物で『バチスタ~』のときみたいな設定だったら、誰も制御出来ないだろうから仕方ないってことなのかな。
(田口センセの存在はやはり大きい)

姫宮は…「しずちゃん」とは違うんだろうなあとは思うんだけど、じゃあどんな感じ?と思っても想像が出来なくてちょっと困った。
こういう「ドジ」(と呼んでいいのかどうか…)な女の子って可愛いものなの?
こんなにされても姫宮に好意を持てる天馬の感覚がちょっと謎。
それとも男と女の感じ方の差かなあ。
私はプライベートだったらともかく、仕事でここまでやられたら正直「うっとうしい…(T_T)」と思ってしまうんだけど。
姫宮の評価に関しては小百合に同感、でした(笑)


チーム・バチスタの栄光
チーム・バチスタの栄光
ナイチンゲールの沈黙
ナイチンゲールの沈黙
ジェネラル・ルージュの凱旋
ジェネラル・ルージュの凱旋

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