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2008年7月の8件の記事

2008/07/26

「通信簿」のハナシ

楽しい長期休暇に入る前のお土産「通信簿」。
「通信簿」にまつわる悲喜こもごもの話はよく聞くけど、私はそんなに思い出がない。
成績にそんなに興味がなかったし、どんな成績でも親からあれこれうるさく言われることもなかったし、普通にやってれば普通の成績が取れるレベルの学校だったので、実際に貰っていた当時は通信簿(通知票)というのは私の意識を一瞬でスルーしていってしまうものだった。
ただ先日ちょっと実家に帰ったときに何十年ぶりに改めて昔の通信簿を見たら(たまたまそういう話題になった)、いろんな自分が発見出来てけっこう面白かった。

まず小学校時代。
私はチビのころから「読むこと」だけは得意だったので(4歳くらいでひらがなは全部読めたらしい)、読んで理解できる科目(国語、算数、理科、社会)はかなり優秀な成績(殆ど10か9、たまに8を貰ってくるくらい)が並んでいた。
一方身体を使ったり、手を使ったりするのはムチャクチャ苦手で、体育とか図工はいきなり3とか2とか(もちろん10段階評価で)になっている…^^;
しかも3年生くらいの通信欄には「体育の授業は休まないようにしましょう」との先生のお言葉が…!
そりゃあ、参加しなけりゃ成績の付けようもありませんって(笑)
でも、私は自分のことを「小心者のいい子」タイプだと思っていたので「体育は嫌いなので授業に出ない」という行動を小学生(しかも低学年)の自分が取っていたことにちょっと驚いた。
あ~、でも確かに私は保健室と図書館にはよく行ってたかもなあ…。
月曜日に体育の授業がある時間割の時期は日曜日からずっと憂鬱だったし、運動会なんて毎年「雨が降って中止になりますように」って祈ってたくらい体育は嫌いだった。
図工は…そんなに「苦手だった」という記憶がない、というより図工の授業を受けたこと自体の記憶がないぞ…。

さて、「読めて理解できればいい点数を取れた」という時代は中学校入るくらいまで。
それ以降は周りもどんどん学力が付いてきて、一方私は相変わらずマイペースで特に競争しようとも思わないままだったので成績は徐々に下降線。
まあ、自分でも納得の当然の結果なんだけど、ただ英語の成績が思ったよりも悪かったのは意外だった。
もうちょっと出来てるような気がしたんだけど。
あ、そうか。学校では「グラマー」があったんだった…。
それに私が本格的に(?)英語に興味を持つきっかけになった洋楽を聴くようになるのは中3の終わりだったし。…納得。

高校に入ってからは国語でさえも満点(この頃は5段階だったかな?)は取れなくなっていた。
他の科目は推して知るべし^^;
ただ、ムチャクチャ悪い点数っていうのもなかったのでホントに「中の中」っていう成績のまま、学校生活を適当に楽しんで終わりました~って感じ。

成績以外の、性格とか行動はどの学年に行っても「協調性があって、争うことがない。でも少し消極的なのでもっとやる気を出しましょう」というようなことが異口同音に書いてあった。
まんま、「今のワタシ」です(笑)
人の性格というのは一生ものなのかもね~。

こうやって振り返ってみると私という人間は読解力と協調性だけで今まで生き延びて来たということが判明(笑)
でも、けっこう重要なことのような気がするので、この2つだけはこれからも大事にしていこう。

さて、最近RSSリーダーで新着記事をチェックすると、あちこちで「通信簿をもらったよ」という話題がアップされていたので、私も貰いに行ってきた。

ブログ通信簿

tushinbo_img.rbsm

確かに、あまり更新もしていないし、内容も本の感想くらいしか書いてないので妥当な結果ですね。
(ブログネタとしては全く面白味がないので失格だけど(笑))
「通信欄」に書いてある「模型の知識」って何だろう?
そんな話どこかに書いたっけ?
「詩人を目指す」ってのは気に入った。
新たな目標として頑張ってみよう(笑)

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2008/07/22

キーボードに…!

お昼を自分の机で食べていたところ、手が滑ってキーボードの上にぶちまけてしまいました。
何かというと、中身が半分以上残ってる「春雨スープ」…(泣)

キーボードの上にスープや春雨や野菜が乗っかってるのって、すごい違和感。
しかも私のキーボードは黒なので余計悲惨な状態だった。

でも私はこういう時変に冷静なヒトなので(自分で言うな(笑))、「キーボードだけで済んでるみたいだから取りあえず机を片づけて、あとはキーキャップを外してウエットテッィシュで拭いてみよう。それでもダメならキーボード取り替えればいいや」とか思いつつ、机を拭いたりキーキャップをパコパコ外して掃除したりしたところ、(少し臭いが気になったものの^^;)何とか無事に復旧した。
ノートじゃなくて良かった~。

会社でも家でもよくパソコン開いたまま食べたり飲んだりしてるけど、今まで一度も濡らしたことがなかったのでちょっと油断してたかも。
これからはもう少し注意しよう。

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2008/07/21

畠中恵/まんまこと

まんまこと
まんまこと

この間読んだ『文学賞メッタ斬り!~たいへんよくできました編~』で大森さんと豊﨑さんが揃ってかなり誉めていたので「どれどれ」と読んでみたところ、確かに面白かった。

八つの町を支配する古名主・高橋家の跡取り麻之助を主人公にした連作短篇集。
小さい頃は生真面目で勤勉、両親の自慢の息子だったけれど、16の年を境に突然「お気楽者」に豹変し親を嘆かせている麻之助。
そんなお気楽者が病で倒れた父親の代わりに町人のもめ事を評定することに…果たして上手く収めることは出来るのか。
表題作ほか「柿の実を半分」「万年、青いやつ」「吾が子か、他の子か、誰の子か」「こけ未練」「静心なく」の6編を収録。

お気楽者の麻之助と、同い年の親友・清十郎(女の子に大人気の色男)のコンビがいい。
基本的に自由でまっすぐで、それでいて自分の背負っているものをきちんと受け止めてそれを全うしようという心意気が感じられる若者らしい描写に好感が持てた。

麻之助が解き明かすそれぞれの謎もちょっと判りにくいけど、血生臭いところがないので安心して読めた。

ただ、麻之助が生真面目な青年からお気楽者へ変わってしまった原因はちょっとありきたりかなあ。
しかもそれが一番最初のほうでその原因が明かされてしまう(「噂」としてだけど)というのは。
もちろん読んでいればすぐに判ることだし、真実はもう少し奥が深い物語だったのである意味「ミスリーディング」を誘うための手法だったのかもしれないけど、それにしては真相に意外性が少なくてちょっと肩すかしな感じがしてしまった。
それにその原因に周りの大人(親)たちが全く気づいていないということもちょっと不自然だなと思えた。
もしかしたらみんな判っていて、それでも麻之助の傷が癒えるのを黙って見守っていたのかも。
そのほうがこの物語には相応しい内容だと思うな。

『しゃばけ』同様これもシリーズ化される模様。
それぞれ少しずつ大人になった麻之助と清十郎にまた会えるのが楽しみ。

まんまことうぇぶ

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2008/07/13

斎藤美奈子/物は言いよう

物は言いよう
物は言いよう

内容(「BOOK」データベースより)
性や性別についての望ましくない言動を検討するための基準です。しかし、意識のありようまではとやかくいいません(心の中で「このブス」「このクソババア」と思うのはかまわない。)せめて、おおやけの場ではそれに相応しいマナーを身につけよう、との趣旨で考案されました。本書を通して、笑いながらFC (フェミコード)感覚を身につければ、いやーなセクハラ、思わぬセクハラとは、もうさようならです。

政治家や作家、文化人などが語った公の発言を「FC(フェミコード)」を基準に考察する、という内容の本。

その発言内容によってFC判断の難易度を★の数(1~3)で示してある。
★1つの発言、例えば

子どもを一人もつくらない女性が自由を謳歌して、楽しんで、年とって税金で面倒見なさいというのはおかしい。

程度なら私にも「(思うのは勝手だけど)それを公式の場で言っちゃダメでしょう」とすぐに判るけど、★3つレベル、例えば

近い将来、日本で新しい小説的思想、思想的小説にはっきりした世界を達成するのは、若い女性だと思います。

あたりになると「え、これのどこが差別なの?むしろ応援してる内容では?」と思えてしまうような内容が多かった。
著者に「これはこうこうこういう理由だからFC的に×なんだよ」って説明されれば「なるほど」と思うものの、うっかりすると自分も使ってしまいそう。
こういうことに敏感でいるのは難しいことだなあ、と思った。

FC的な問題って微妙だからこそちゃんと考えなくちゃならないんだろうけど、あまりにも微妙すぎると「面倒だから触れないほうがいいや」って考えに流れてしまって不可侵領域になってしまうこともあり得るんじゃないのかな。
(放送禁止用語みたいに「言わなきゃいいのか」って感じ)
でも、そうやって隠されてしまうのは却ってマズイことだと思うので、そのあたりのバランスをどうとっていくか、が今後の課題かも。
(と、どうとでも取れる適当な感想でお茶を濁す私であった…^^;)

でも、基本的に一般論として「女性は~」とか「男性は~」とかいった大きなくくりで話をするからつい口が滑っていってしまうんじゃないかな。
そうではなく、目の前にいる誰かをちゃんと見据えてその相手に向けた言葉を発すればFCに引っ掛かることってかなり減るし、もし引っ掛かっていたとしてもお互いにそれについてきちんと話すことが出来るような気がするんだけどどうだろう。

それにしても、かなり有名な、しかもその業界では力がありそうな人ばかりの発言を実名入りで取り上げて、冷静に的確にそのFC的勘違いを指摘する著者の度胸の据わり方に拍手。

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PLUSの「ケシポン」(個人情報保護スタンプ)

kesipon DMや私信などを捨てる際に、自分の住所や名前など外に漏れては困る情報の上にポンポンと押すだけで、その部分の判読が出来なくなるというスタンプ。

何かしなくちゃと思うけどシュレッダー買うほどのこともないしってことで文房具売り場で見かけたこんなハサミ状のものを買ってみたりしたこともある。
(参照ページに載ってる商品、2種類とも持ってます(笑))
でも、こういう商品は確かに細かくなって見えなくはなるんだけど、使ってるうちに「切ること」自体が面倒になってしまうのが難点^^;
ちなみに5枚刃のほうはハサミ自体が重いし、切ってるうちに刃と刃の間に紙が詰まって切りにくくなる、ギザ刃のほうは重さや刃の向きが計算されていて扱いはしやすいけど刃の幅が狭いので何度も刃を入れなくちゃならない…というのが私が使わなくなってしまった原因。
それにゴミが散らばるのとか、厚手の紙を切るのは多少力もいるので数が多くなると疲れる、というのも。

いっぽうこちらは切るのではなく隠す(見えなくする)ことで保護するという商品。
住所とか名前などの印刷部分にポンポン押していけばそこが見えなくなってそのまま捨てられる、というのが何とも手軽。
スタンプ面は平面な真っ黒ではなく、アルファベットの羅列になっている。
これは

「ゴシック字体・明朝字体を見えにくくする新開発特殊印面パターン」

らしい。
確かに普通に目で見る限りでは押したあとは何が書いてあったか全く見えなくなる。

「個人情報保護」という観点でいった場合どちらが有効なのかは判らないけど、手軽さという意味では私的には「ケシポン」が勝ち、かな。
但し、下記のものには捺印できないので注意。

捺印できないもの:アート紙、コート紙、トレーシングペーパー、硫酸紙等の加工紙及び和紙、目の粗い紙、滲み易い紙、プラスチックシート等紙以外のもの

ケシポン(プラスステーショナリー)

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2008/07/11

大森望・豊﨑由美/文学賞メッタ斬り!~たいへんよくできました編~

文学賞メッタ斬り! 2008年版 たいへんよくできました編 (2008)
文学賞メッタ斬り! 2008年版 たいへんよくできました編 (2008)

いつも発行されているのに気づかなくて半年以上経ってからしか読めなかった「メッタ斬り」シリーズ。
今回は発売直後に本屋で発見して図書館に予約したので、2ヶ月遅れで読むことが出来た。
と言っても、実際にここに取り上げられている芥川賞・直木賞が決まったのは去年の10月だからそれから10ヶ月近く経っているわけではあるのだけど。

今回の「メッタ斬り!トークショー」のゲストは芥川賞受賞作家の長嶋有さんと直木賞受賞作家の石田衣良さんのお二方。
長嶋さんは穏やかでちょっと控え目でいい人な雰囲気だったけど、問題は衣良さん。
読む前から「メッタ斬り!コンビと衣良さんって合わないんじゃ…」と思っていたら、やはり…。
メッタ斬りコンビのツッコミに対する、衣良さんの(判っているクセにわざと)核心を微妙にずらした回答が噛み合わないこと!^^;
衣良さんの受け答えってなんとな~く勘に障るんだよねえ。
作品は好きだけど、あまりお友だちにはなりたくないタイプだなあ…。
と言って、メッタ斬り!コンビだったらいいかというとそうでもないけど(笑)

各文学賞候補作・受賞作、選考委員へのコメントは、いつも通り。
唯一違うのはいつも「大ハズレ」で終わっている芥川・直木両賞の予想が、何と両方とも大当たり(138回。芥川賞/川上未映子『乳と卵』、直木賞/桜庭一樹『私の男』)だったこと。
こういう企画は「何だかんだ言っても思った通りにはならない」というのが次回も続ける存在意義になるんじゃないのかな。
そういう意味でこの企画も「その役割を終えた」ってことなんだろうか…?
確かに最初の頃のパワーはなくなって、内輪受けで成立してる部分が多くなって来ているように思えるし、何よりやっぱり1,400円は「高い」と感じてしまうところがね~。
(図書館から借りて読んでるのに値段に言及する私もどうかと思うけど^^;)

企画自体もマンネリしてる気がするので、ここで心機一転ふりだしに戻って再構築してみるのもいいのかも。

ちなみに先日発表された第139回の芥川賞・直木賞候補は下記の通り。
<芥川賞>

  • 磯崎憲一郎「眼と太陽」
  • 岡崎祥久「ctの深い川の町」
  • 小野正嗣「マイクロバス」
  • 木村紅美「月食の日」
  • 津村記久子「婚礼、葬礼、その他」
  • 羽田圭介「走ル」
  • 楊逸「時が滲む朝」

<直木賞>

  • 井上荒野『切羽へ』
  • 荻原浩『愛しの座敷わらし』
  • 新野剛志『あぽやん』
  • 三崎亜記『鼓笛隊の襲来』
  • 山本兼一『千両花嫁』
  • 和田竜『のぼうの城』

相変わらず、殆ど知らない作家さんばかりだ…^^;
選考会は7月15日。

あと、こんなニュースもあったり。
伊坂さん直木賞予選前辞退  「ゴールデンスランバー」

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2008/07/08

ココログ開設4周年記念オフ in 表参道

いつもブログやmixiで仲良くして頂いている『徹也』の涼さんから「(ココログ開設)4周年オフをやるので参加しませんか?」と誘って頂いたのは今年の春先のこと。
そのオフ会に先週の土曜日に参加してきました。

場所は表参道の「ジャパニーズトラットリア DEN」
参加者は前述の涼さん、『葉桜日記』のTompeiさん、『あん・ぷろん・ぷちゅ』の桜桃さん、『Fancy Pet』のぶんぶんさん、『アリスとお茶を』のAliceさん、そして私の6人。
私以外の皆さんはお店の近くの駅前交番で待ち合わせとのことだったのですが、私はどなたとも初対面だったのでお店に直行。
駅から近いから大丈夫~と言っていたわりにしっかり迷って(同じ道を2回歩いた^^;)10分ほど遅れて到着。
そのときには私以外の皆さんは全員お揃いで既に軽く盛り上がっていました。

この「周年オフ」は毎年開催されているようで、去年も誘って頂いたのにちょうど年度末ピークに忙殺されて気分もダウン気味だったため「せっかくですが…」とお断りしてしまった私は今年が初参加。
元々初対面の人と話すのがあまり得意じゃないし、特に最近は自分のテリトリー(例えば会社とか)以外のところで人と知り合うことが殆どなかった私は、いつも仲良くして下さっているみなさんと初めてお会いできる!という嬉しさ半分、でも緊張しすぎて不機嫌なヤツになってしまったらどうしよう…という不安半分で「ハジメマシテ」の挨拶をしたのでした。

でも、さすがみなさん大人!(全員素敵な大人の女性でした♪)
そんな私を意識しすぎることなくそれぞれでお喋りして盛り上がり、それでいてタイミングのいいところで私の飲み物の心配をしてついでに軽くお話を振って下さるという気持ちのいいおもてなしで、全員初対面だなんて嘘みたい!というくらいリラックスして過ごすことが出来ました。
会社の飲み会でも2時間で充分と思う私なのに、この日は美味しく食べて楽しく話して気づいたらあっという間に3時間 4時間!
それでもまだまだ話足りないくらいの楽しいオフ会でした。

私的重大発表も無事に済ませることが出来(Tompeiさん、ナイスアシストありがとうございました♪)、満足です。

更にお一人ずつからしっかりお土産が!
(みなさん、ありがとうございます♪美味しく頂いております(^^))
それに対して、何の準備もしていかない初参加の自分…(泣)
ううっ!気が利かないにも程があるっ!(呆)
次の機会には何か可愛らしげなものを用意しておきますので、楽しみにしていて下さい。
(と、自分でハードルを上げておきます…(笑))

私も最近はあまり書くことが思い浮かばないので本の感想ばっかり書いていますが^^;、それはそれで「アリ」かなと思っているのでこのままマイペースで続けて行きたいと思っています。
その結果として、また次の(でなければ「いつの日か」の)周年オフに誘って頂ければとても嬉しいです♪

5年目に突入したこのブログと管理人を今後とも宜しくお願いします>皆様

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2008/07/05

藤本由香里/私の居場所はどこにあるの?少女マンガが映す心のかたち

私の居場所はどこにあるの? 少女マンガが映す心のかたち (朝日文庫 ふ 26-1)
私の居場所はどこにあるの? 少女マンガが映す心のかたち (朝日文庫 ふ 26-1)

内容紹介
1960年代末から90年代末頃までの少女マンガの描写から、その心理や内面に焦点をあてて分析。女性の恋愛観、セクシュアリティ、家族観、職業観の変化を精緻に追う。同時に少女マンガにおける性的指向に関する描写の変遷もをたどりつつ、来るべきトランスジェンダーの時代の幕開けを告げる。「居場所」を求めてさまようすべての人々に贈る必読の書。少女マンガ評論の新境地を拓いたと評価の高い幻の名著、待望の文庫化。

面白かった。

かなりガッツリした評論作品だったけど、文章が読みやすかったし、何より対象が私も親しみのある「少女マンガ」だということで非常に楽しく読めた。
特にこの作品が単行本として出版されたのが10年前(つまりそれより前の作品しか扱われていない)で、最近はとんとマンガから遠ざかっている私にも理解できる作品が多かったのが嬉しかった。

でも、面白かったけど、実際に自分がマンガを読むときにこの本の中に書かれているようなことを感じながら読んでいたのか?というと、それは疑問。
なので、「なるほど、そういう考え方も出来るのね」とは思ったけど、「そうだったのか、納得した」という感じではなかった。
少女マンガは「ジェンダー」とか「アイデンティティー」というものに深く関わっているという主張で、それは私もそうだろうなと思うけど、それ以前に私はただ単に「面白いから」読んでいたって意識しかなかったから。
(それとも自分が意識しないどこか深い部分でそれを感じていたんだろうか?)

ビックリしたのはこの本の中でいくつかの作品のあらすじが解説されている部分があるんだけど、それが私も何度も読んでよく知っている大好きな作品であるにも関わらず「ええっ、あのマンガってそんな内容だったっけ?」ということが多かったこと。
特に萩尾望都さんの作品(例えば「スターレッド」とか「マージナル」とか)は、私が覚えている内容と比べると「別作品?」と思えるくらい違っていたので思わず笑ってしまった^^;
一体私は何を読んでいたのであろうか?
読み流すにもほどがあるって感じだなあ(笑)
確かコミックスや文庫で持っていたと思うので、もう一回改めて読み返してみよう。

それと気づいたことが一つ。
私は作品を読むときに主人公(を始めとした登場人物)に自分を重ねるということを殆どしないということ。
これはマンガ以外の作品(例えば小説やお芝居や映画とか)でも同じ。
感想として「もし私だったら」と考えることはあるけど、基本的にいつも作品は「作品として」鑑賞しているなあ…ということを、この本を読んで確認した。
だから、入り込める作品になかなか出会えないのかも。
その分、この本にあるようにそれを読むことで葛藤したり考え込んだりはあまりしないし、作品のイメージや雰囲気に囚われてしまうことがないので、どんどん色んな作品をサクサク読んでいけるってことでもあるんだろうと思う。

そんな私でも物心付く前から20年以上に渡って読み続けた少女マンガから受け取ったものは計り知れないほど膨大である。
文庫解説で作家の三浦しをん氏が

「心身の構成成分の大半が少女漫画」

と書いているけど、私も「大事なことはみんな少女漫画から教わった」なあ。
考え方の基本的な部分とか、人との関わり方、更には生きていくのに絶対必要ない知識までいろんな部分で今の私の血となり肉となっていることがたくさんある。
(少女に限らず)漫画というメディアにはそういうパワーがあると思うので、これからも良質な作品を提供し続けていって欲しいなあ、と思う。

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