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2008/10/13

恩田陸/ユージニア

ユージニア (角川文庫 お 48-2)
ユージニア (角川文庫 お 48-2)

出版社 / 著者からの内容紹介
あの夏、青沢家で催された米寿を祝う席で、 十七人が毒殺された。
ある男の遺書によって、一応の解決をみたはずの事件。町の記憶の底に埋もれた大量殺人事件が、年月を経てさまざまな視点から再構成される。

過去の(解決した、と思われている)事件の関係者へのインタビューのような形式で始まるので、宮部みゆきの『理由』を思い出した。
でも読み進めていくと、(当然ながら)全く別の作品だった。

『理由』は、取材者がただ淡々とその当時の関係者の話を聞き、その内容がそのまま読者に届けられるという形式が最初から最後まで貫かれていたのに対して、こちらはインタビュー形式あり、登場人物の中の一人が書いたこの事件を題材にした本の内容の引用だったり、完全に登場人物視点の小説形式だったりとさまざまな手法で事件のアウトラインをなぞっていく。
そして『理由』では、そうして関係者によって明らかにされる事件の断片によって少しずつ事件そのもの、そして犯人の心のうちまでが明らかにされていくのに対して、この作品は最初は判りやすそうに見えた事件が話を聞くことによってどんどん曖昧で不吉な、不気味なものに化けていく、といった印象が残る作品だった。
相変わらず恩田陸は「不安」を形にするのが巧い。

一番色んな意味で印象的だったのは現在の緋紗子を登場させた部分。
実際に読んでいる時点では「なんでここにこれを持ってきたのかな?」と思っていた。
予想ではもっと曖昧に、もっと不安定な形で終わるのかと思っていたのに、あそこで事件のある程度の形が見えてしまったのが展開としてちょっと意外な感じがしたので。

でも、読み終わってからもう一度物語をなぞってみたらまた違ったイメージが残っていることに気が付いた。
緋紗子を昔とは全くイメージの違った存在として登場させることで、「事件」とはまた別の意味の不気味さ、残酷さを表現していたとも思う。
彼女が過去の、誰かの中の美しい(そして同時に禍禍しい)思い出として語られるだけだったら、または何年経っても変わらないままの姿で登場したとしたら、彼女がその事件の象徴であるという事実は残り、そのために起こったあの悲惨な事件に「赦し」を与えてしまうことになる。
でも現実はそうではなく、年月はすべての人々の下に等しく訪れる、それは彼女も例外ではない、と気付かせる。
そしてただ「事件」だけがそこに残るのだ、という事実の大きさ。
そんなものを表現していたように思う。

最後まで犯人が特定されない(少なくとも小説の中に「この人である」とは書かれていない)ということについては、確かにスッキリしない気持ちも残るけど私としては「これはこういう作品なんだ」と理解することが出来た。

ただ、最後の章はちょっと意味が判らなかった。
犯人を特定せずに終わるのであれば、あの章は不要だったような気がする。
何よりあの「勘違い」の説明は説得力がなさすぎると思うんだけど、どうだろう。

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