東野圭吾/赤い指
内容(「BOOK」データベースより)
少女の遺体が住宅街で発見された。捜査上に浮かんだ平凡な家族。一体どんな悪夢が彼等を狂わせたのか。「この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身の手によって明かされなければならない」。刑事・加賀恭一郎の謎めいた言葉の意味は?家族のあり方を問う直木賞受賞後第一作。
1月3日に放送されたドラマの原作。
ドラマを観る前に読もうと思っていたんだけど、つい遅くなってしまいやっと読了した。
読んでみて感じたのは「ドラマはかなり原作に忠実に作られていたのね。」ってこと。
よって、納得出来ない部分もドラマと同じだった。
つまり「犯人の父親とその母親(犯人の祖母)の関係はあれで修復されたかもしれないけど、犯人とその母親はその輪からはみ出して置き去りにされてしまったのではないか」ということ。
それでも犯人である少年は逮捕され隔離され罪を償い、人間として成長することで自分を取り戻せるかもしれないけど、(自業自得とはいえ)夫に裏切られ息子も守り切ることが出来なかった母親(妻)はその後どうやって周囲と折り合いをつけていくのかがとても気になった。
ドラマではラストで夫婦と夫の母親が3人で寄り添って歩くシーンが挿入されていたけど、あそこまでこじれた人間関係がそうそう簡単に修復されるとは思えないけどなあ。
あの部分はちょっときれいに終わらせすぎじゃないかと。
また、小説の中の母親(妻)はドラマよりも更に独善的で優しさも思いやりもない人物に描かれているのも気になった。
非常に共感を得にくい人物像なのでドラマよりも原作を先に読んでいたらもしかしたらこんなに妻の心情を考えることはなかったかも。(そういう狙い?)
その人が実際にどんな人物かよりも、その人がどんな言葉で語られているかのほうが大きな意味を持つというのは、考えてみるととても怖いことだと思う。
もう一組の親子である加賀と父親の最後のエピソードが秀逸。
思いやりと理解で繋がった人間関係の美しさが表現されていたと思う。
家族として共に暮らしながら、それぞれ自分のことしか考えていない、見えていなかった犯人一家との対比が残酷過ぎるほど鮮やかに描かれている。
それでも、それだけ心を尽くした親子であったとしても外(松宮)も目からは全く別の姿が見えている。
その家の中で何が起こっているのか本当のところを判断するのは難しい。
そういえば、松宮が死期が近い父親のお見舞いにも行かない加賀の振る舞いに腹を立てて
母親が家出をしたぐらいのことがなんだ、という気持ちになる。
という描写があってビックリした。
いくら世話になった伯父さんの肩を持ちたいからってそんな言い草ないんじゃないの?^^;
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