奥山景布子/時平の桜、菅公の梅
名門藤原本家の嫡男として生まれ幼い頃から栄達を約束された時平と、己の学才のみを武器に立身し48歳にして初めて大きな役についた道真。
生まれも育ちも考え方も違う2人の交流と、その後の断絶を描いた作品。
物語が終始時平目線で進むので、時平がそのとき何を感じ、何を考えたか、どう変化していったかはとてもよく判ったけど道真側はそれにどう呼応したのか、時平の考え方や行動をどう感じていたのかは曖昧なまま終わってしまった感じ。
主役の2人よりも脇役に魅力的な人物が多かった。
まず、時平の妹で宇多天皇の後宮に入った温子(よしこ)。
名門の姫として生まれ養われた高い教養と美貌だけでなく、人の心を思いやる優しさと自分に与えられた運命に立ち向かっていく勁さを持った女性。
藤原氏が政を独占することを嫌う宇多天皇に侮辱的な振る舞いをされても、己の矜持を崩さず他の側室が生んだ春宮を養育し自分自身と藤原の地位を守りぬく覚悟が美しかった。
それと、時平と竜田川の畔で偶然出会い、以後親友とも呼べる交流を続けていくことになる紀貫之。
身分違いをものともせず遠慮のない態度で接するが自分の立身のために時平の力を使おうとはせず常に飄々と生き、やがてその歌の実力は天皇も知るところとなり取り立てられていく。
貫之は登場シーンはあまり多くないけど、時平が迷った時に現れてその後の展開の重要なキーワードとなる言葉を残していくという美味しい役回り。
以下、本文から引用。
そうやって、何事も自分でせぬと気が済まぬようでは、人を活かすことはできますまい。言の葉も、一つ一つで表せることは限られております。集めて、活かすのも能。時平さまがご自身で多くの文書を捌けずとも、捌く能のある者を上手く用いればよいではありませぬか。幾つもの言の葉で、やっと歌が一首でき、無数の歌で、世界ができるように。(p221)
己で力を尽くすべきだ。それも一つの道理でしょう。されど、皆が皆、力があるわけではない。たとえ力があったとて、皆が皆、力に応じただけ報われるとは限らない。哀しいかな、それが世というものでございます。さような世に、力なき者、幸運(さいわい)なき者のために、常に祈ってくださる方がある。帝とはそういうお方なのだと。日々の暮らしには、さような希みが必要なのだと、某は思うように、なりました。(p284)
そのほか、時平が少年時代から外回りの牛車の傍で時平の姿を見守り続ける牛曳きの松王丸もよかった。
こんなふうに時平はその周囲に配置された人物が多く彼らの存在を通しても時平がどんな人物であったかを知ることができるけれど、道真にはそうやって私的に交流する人物がただの一人も出てこないというのも道真が何を考えていたのか判らない原因であると思う。
タイトルに2人の名前を入れるなら2人のバランスをもう少し均衡にしたほうがよかったんじゃないかな。
才能に恵まれながら主流ではない家柄に生まれたために不遇をかこった青年時代、それでも己を信じ努力を怠らずに精進した末に高い位にたどり着いた壮年時代、一転思いもよらぬ嫌疑で流人同然に遠く大宰府に送られた晩年。
高邁な理想と厳しい人柄ゆえに馴染む者も少ない孤独な環境の中で道真が何を考え何を思ったのかをもっと読んでみたかった。
この時代の他の作品同様登場人物が多いし関係が複雑な上名前が似ているので覚えるのが大変だったけど、それ以外の部分はスムーズな文章で読みやすかった。
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