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2012/10/19

萩耿介/炎帝 花山

炎帝 花山

第六十五代天皇・花山の生涯を描いた作品。

冷泉天皇の第一皇子として生まれ17歳で帝の位に就いたものの対立する藤原氏の謀によって若き身で出家し僧形となった花山の生き様が息苦しいほど丁寧に描かれている。
行動も考え方も極端でまったく共感は出来ないけど、「自分」を見つけるために苦しみ彷徨い続けた苛烈な生き方が胸に迫る。

自分にも人にも過激な花山が、「物狂い」と呼ばれ恐れられ嘲笑された父帝にだけは終生優しかったのが印象的。
特に冷泉の屋敷が火事になったときに自分の身も顧みず必死で父を探す姿、その後無事で見つかった父の隣で焼けた屋敷を見ながら一緒に笑っていたシーンがよかった。

花山の苦しみや悩みは命を賭さなくてはならないほど重く、深いものであったけれど、それはやはり「持っている者」ゆえの悩みだったような気もする。
「すべて捨てた」とか言いながら結局誰かに食べさせて貰ってるからダメなんじゃないの?
自分で働かなくちゃ食べられなくなったらそんなこと考える暇はなくなると思うんだけどな。
まあ、でもそう生まれついてしまったことが花山の宿命であったということなのかも。

花山と対比する存在として出てくる厳久が、いいヤツなんだか悪いヤツなんだかよく判らなくて気持ち悪いところも巧い。
厳久は花山と対立していた(というか朝廷を思い通りに操ろうとしていた)藤原兼家の意を受けた形で迷っている花山にさり気なく近づき、出家の意志を固めるように唆し遂には帝位を捨てさせる役割を果たす存在。
栄達のために「言葉」の力で権力者に近づきながら、それを利用しつくすことも出来ず、また自分が導いた花山がその圧倒的な行動力によって自分が成し得ない高みに昇りつめていくのを悔しさとあこがれをもって見つめ続けている厳久が、最後は文字通りすべてを捨てて一人で仏の元に旅立って行く姿が印象的だった。

同時代の(のちの)紫式部と花山が出会い、言葉を交わす場面があるもの面白かった。

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