宮部みゆき/<完本>初ものがたり
本所深川一帯を預かり「回向院の旦那」と呼ばれる十手持ちの茂七親分の活躍を描いた短編集。
まるで映画かドラマを見ているかのように文字が頭のなかでするすると映像に変換されていく心地よさと、その世界の中で紡がれてゆく人の世の優しさ切なさを堪能した。
この作品は’97年に文庫化された作品に、新作3篇を追加した作品とのこと。確か読んだはずの元の作品の内容も(例によって)記憶になく(^^;、全編新しい気持ちで楽しめた。
どの作品もその季節ならではの「初もの」と、四季おりおりの江戸の風習、人々の生活の様子が丁寧に描かれていて事件の内容だけでなくそういった周辺を読むのも楽しい。
そうした歴史を踏まえた記述の中に宮部さんオリジナルと思える工夫が出てくるのも素敵。
特に「鬼は外」での、節分で追い出された鬼の居場所のために椅子を一つ開けて置く稲荷寿司屋のエピソードがとてもよかった。
複雑な事件ではなく、人と人のすれ違いとか思い込みとかちょっとした違和感を物語に仕立て上げるのが本当に巧い。
そしてそれに対する茂七親分の落としどころの見事さ。
手下の二人、若くて落ち着きがないけど愛嬌があって疾走っこい糸吉と、四十過ぎで前は大店の番頭という経歴を持つ体つきも物腰もゆったりした源三という組み合わせも絶妙だった。
更に(最初にも書いたけど)文章が読んだ瞬間に違和感なく映像に転化されるのが素晴らしい。
まるで自分もその中のひとりであるかのようにあっという間にその世界に入り込んでしまえる。
素晴らしい才能だと思う。
(ただ、その圧倒的な筆力が逆に私を宮部さんの最近の現代物から遠ざけている原因でもあるのだけど。(リアルすぎて読めない…(T_T)))
謎の稲荷寿司屋の親父の正体や船宿のは結局不明なままのエンディング。
あとがきによると「今後は他のシリーズと合わせて、多くの登場人物をにぎやかに往来させながら、ゆっくり語り広げていきたい」とのことなので今後の展開が本当に楽しみ。
個人的にはまだ名前しか出てこない茂七の若い上役・加納新之介の姿も見てみたいところ。
あと、源三の昔の話とかも読んでみたいなあ。
<収録作品>
お勢殺し / 白魚の目 / 鰹占千両 / 太郎柿次郎柿 / 凍る月 / 遺恨の桜 / 糸吉の恋 / 寿の毒 / 鬼は外
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