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2015年3月の6件の記事

2015/03/22

東野圭吾/祈りの幕が下りる時

祈りの幕が下りる時

加賀恭一郎シリーズ最新刊。

面白かった。
圧倒的な読みやすさで一気読み。

相変わらず人間関係がかなり複雑で名前がたくさん出てくるので後半ちょっと混乱した部分はあるけど、それでも事件の発端から結末まで興味を失わせずに書き抜く筆力がすごい。
さらにそこに十数年前に亡くなった加賀の母親の消息も絡めて、加賀の日本橋シリーズの終幕、そして新たなシリーズへの幕開けも期待させる作品として描いているのが素晴らしかった。

誰かの天才的な推理力で一気に解決するのではなく、一つ一つの疑問を地道に潰していった先に見えてくる真実を丁寧に描いているからこそ最後のページまで楽しめた。
他部署の同期や外部の人間が垣間見た、捜査する加賀に対する感想がさり気なく入っているのも効果的。

今回は加賀と松宮が一緒に捜査することになるわけだけど、この2人のバランスも自然でとてもよかった。

実際にこんなことがあったら偶然が多すぎると思うけど、これは「そういう運命の中にある物語だ」と納得できる出来だった。
満足。

「原発はねえ、燃料だけで動くんじゃないんだ。あいつは、ウランと人間を食って動くんだ。人身御供が必要なんだよ。わしたち作業員は命を搾り取られてる。わしの身体を見りゃあわかるだろう。これは命の搾り滓だよ。」(東野圭吾『祈りの幕が下りる時』p287より)

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2015/03/21

高橋克彦/偶人館(からくりかん)の殺人

偶人館の殺人 (PHP文芸文庫)

日英ハーフの国際的デザイナー矢的遥が探偵役の長編ミステリー。

ミステリー部分よりもイギリスでことわざ辞典で日本語を勉強したという遥の使う、マニアックすぎることわざや慣用句が面白かったw
あと、随所で出てくるからくりの薀蓄が読み応えあり大野弁吉や銭屋五兵衛の話も面白かった。

ただしミステリーとしてはちょっと展開が強引すぎるのでは?という印象。
いくら悪事の結果手に入れた大金が隠してあるかも…ということになっても、それを探りに他人の家に侵入しようとするかな?
結末も全然違うところから出てきて驚いた。

それに登場人物が無駄に多すぎる。
そんなにみんなまとまって行動することもないでしょうと思うし、会話部分では時々誰の発言なのか判らなくなることもあった。
人によっては全然セリフがなくて「いたんだっけ?」って感じになることも。
もう少し登場人物を絞ったほうがスッキリしたと思う。

あと、この文庫に俳優の佐々木蔵之介さんの写真と「ドラマ化決定!」の文字が書かれたの帯が付いていたんだけど、読んでみてもそれらしい人が一向に出てこない。
「変だな~」と思って帯をよく読んだら全然違う作品の宣伝帯だった…(泣)
内容には全然関係ないし、ちゃんと読まなかった私も悪いけど、なんかちょっと騙された気分になってしまったわ。
(しかし、そう考えると「映像化!」の宣伝帯も効果があるということなのね…)

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2015/03/15

宇江佐真理/夜鳴きめし屋

夜鳴きめし屋 (光文社時代小説文庫)

夕方から店を開け明け方まで酔客相手に居酒見世を商う長五郎を主人公にした連作時代小説。

江戸を舞台にした時代小説なのに、内容を読んでいるとそのまま現代の盛り場の物語としても通用するような普遍性のある設定で読みやすかった。
そして同時に登場人物の心情や他人への気配り、仕草、物言いには時代小説らしい品と緊張感があるものよかった。

10年ぶりに戻ってきた芸者のみさ吉の息子が自分の子かもしれないと知った長五郎と、みさ吉のお互いのとまどい、気後れ、意地の張り合いが丁寧に描かれる。
その間に挟まれる、見世の常連たちの小さなエピソードも変化に富んでいて楽しかった。

この作品の前段に長五郎の両親である音松とお鈴を描いた『ひょうたん』という作品があるらしいので、こちらも読んでみたい。

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2015/03/14

井上ひさし/言語小説集

言葉や文字(活字)をテーマにした短編集。

井上さんの作品はたまにしか読まないけれど、いつも文字に対する自由な発想に驚かされる。
そしてそれが単純な「思いつき」ではなく、きちんとした考証、考察の上に成立しているから物語がただの笑いに終わらないことに。

ワープロの中の恋人同士 「 と 」 を巡り騒動が起きる「括弧の恋」と、書く物語の最後が「すべては夢でした」で終わる江戸の黄表紙作家の物語「質草」がよかった。
ただ、もうちょっと怒涛のような言葉遊び(「決戦ホンダ書店」の後半のような)があるのかと思ったらそうでもなかったのが残念。

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2015/03/05

マーティン・ケンプ パスカル・コット/美しき姫君 発見されたダ・ヴィンチの真作

'98年に忽然とその姿を表した一枚の絵。
「美しき姫君」と名付けられたその絵の作者を特定すべく美術的、および科学的な検証を実施した結果をまとめた本。

翻訳本、しかも小説でもないのに読みやすかった。
この本の中では「作者はダ・ヴィンチ」と結論づけているけど、まだ確定はしていないみたい。
確かに科学的な検証もそういう結果が出ているみたいなので「そうなのかな」とも思うけど、それ以上に著者が読者をそういう方向に誘導しようという意図が強すぎてなんか胡散臭い印象が拭えないのが残念。
科学的な検証のはずなのにちょいちょい主観的な表現が入るので、なんか怪しいレポートを読んでいる気分になってしまう。
そういう意味では面白かったといえるかも。

表紙や口絵を始め、検証結果にも画像がふんだんに使われていて、見応えあり。
(正直詳しい内容はよく判らなかったけど(汗))
絵画の年代や作者を特定する最先端の方法についてかなり詳細かつ分かりやすい説明がたくさん載っているので、そういった部分も興味深かった。

この絵自体は(作者が誰であっても)すごく素敵だなと思う。好きなタイプの作品。
機会があったらぜひ見てみたいな。

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2015/03/01

文豪さんへ。近代文学トリビュートアンソロジー

文豪さんへ。近代文学トリビュートアンソロジー (MF文庫ダヴィンチ) (MF文庫ダ・ヴィンチ)

近代文学の文豪6人の短編をモチーフに現代作家6人が書き下ろした短編を集めたアンソロジー。
現代作家作品、その作品についてのインタビュー、文豪作品と並んで収録されている面白い構成。
文豪作品に馴染みのない私でも読みやすく楽しめた。

面白かったのは葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』を下敷きにした貫井さんの『あるソムリエの話』。
最後、苦笑してしまう感じの意地悪な終わり方がよかった。
オリジナルは作家さんの名前も初めて聞いたくらいだったけど、不思議な雰囲気の作品で印象的。

獏さんの『桜の下に立つ女(ひと)』は陰陽師シリーズ。
掌編だけど、ひたすら優しく美しい。
オリジナルから美しさだけ抽出したような。
安吾のオリジナルはさすがの迫力。鬼気迫る感じ。
なのに、その中に穏やかな空気が流れているのが不思議。
読んでいるあいだじゅう「山に来る前、都で他の男と暮らしていた女はどんな女だったのかな」ということをずっと考えていた。

宮部さん×新見南吉はよかった。
どちらも泣いてしまった。
特にオリジナルの初めて雪を見た子狐が初めて体験する眩しさを勘違いして『母ちゃん、眼に何か刺さった、抜いて頂戴早く早く』っていうセリフがとてもよかった。
驚いたのはインタビューで宮部さんが「自分は絵がまったくダメなので小説の中で色や形を表現するのに苦労する」っていう話をしていた部分。
私は宮部さんの作品は十二分に映像的であると思うけど。むしろ映像的でありすぎて苦しくて読めない作品があるくらいだけどな。
やはり才能がある人の目指すところは更に高いのであるなあ、と。

<収録作品>
北村薫『縁側』×夏目漱石『門』 / 田口ランディ『虎』×中島敦『山月記』 / 貫井徳郎『あるソムリエの話』×葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』 / 夢枕獏『陰陽師 花の下に立つ女(ひと)』×坂口安吾『桜の森の満開の下』 / 宮部みゆき『手袋の花』×新美南吉『手袋を買いに』 / 吉田修一『洋館』×芥川龍之介『トロッコ』

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することもできなかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。これが己を損ない、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。
(中島敦『山月記』)

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